久見崎盆踊り 想夫恋

毎年8月16日、薩摩川内市久見崎町で行われる盆踊り「想夫恋」(そうふれん)

CropperCapture[1]
約400年前、慶長の役の際、秀吉の命令の下、高麗へ出兵した島津義弘率いる軍勢、約一万が、薩摩の軍港であった久見崎から出兵しました。
その後終戦を迎え、生き残った将兵が久見崎へ戻ってきました。
帰国の知らせを聞いて久見崎へ集まっていた家族の中には我が夫や兄弟、子供の姿を見つけることができない者もいました。
その後、義弘の子、家久の代になってこの戦で亡くなった、敵味方双方の霊を慰めるため、毎年、旧暦の7月14日、現在の8月16日に
盛大な慰霊祭を行い、その時に、未亡人達に踊らせた踊りが今の「想夫恋」のもとになったと云われています。
高祖頭巾で「面」を包み、男物の紋付き羽織に、背中には脇差しを差した装束で、三味線と太鼓で歌われる唄に合わせて円になって踊ります。踊りの途中「ソーレセー」と「ヤーットセー ヨーイヤナ」という掛け声を入れながら踊ります。

久見崎盆踊り 想夫恋 歌詞
一 ハー 盆の十四日に 踊らぬ人は (ソーレセー)
ハー 目連尊者の 掟にそむく (ヤットセー ヨーイヤナ)

二 ハー 殿のためなら 涙は出でぬ (ソーレセー)
ハー 御霊祭りに 盆踊り    (ヤットセー ヨーイヤナ)

三 ハー 切って供えし 緑の髪は  (ソーレセー)
ハー 亡夫(つま)も見てたも 眉の露 (ヤットセー ヨーイヤナ)

四 ハー お高祖頭巾に 腰巻き羽織  (ソーレセー)
ハー 少しお顔を 見とうござる (ヤットセー ヨーイヤナ)

五 ハー 先を争う つわもの共が   (ソーレセー)
ハー 鉄で固めた この身体   (ヤットセー ヨーイヤナ)

六 ハー 盆の十四日の 夜明けの鐘葉 (ソーレセー)
ハー あの世この世の 扉が開く  (ヤットセー ヨーイヤナ)

七 ハー 寝ては考え 起きては想う  (ソーレセー)
ハー この身終わるまで 君のため (ヤットセー ヨーイヤナ)