海の王様くじら。食材として頂く機会は珍しくなった現在ですが、世代によっては「おば」や「竜田揚げ」などでおなじみの方もいらっしゃるでしょう。薩摩川内市には現在もくじら肉の加工工場があり、前身の工場製品が昭和の一時期には日本の「さらしくじら」のシェア6割を占めていた時代もありました。「鹿児島くじら食文化を守る会」では、捕鯨を取り巻く環境や時代背景を考慮しながら、食文化としてのくじら料理を守り、伝えていこうと活動しています。
鯨の刺身。皮(白い部分)と一緒にしょうが醤油で頂く
くじらと言ってまず思い浮かぶのが「おば」。真っ白で、ふわふわ、こりこりとした不思議な食感の身を甘酸っぱい酢味噌につけて頂くもので、薩摩川内市では特に年末からお正月にかけてスーパーなどでもパックに入った「おば」がたくさん売られていたのを記憶しています。「おば」は「尾羽」と書き、くじらの尾っぽの部分です。縁起ものとして正月や祝いの場でくじらを頂くのは、長崎や南九州の風習なのだそうです。
そもそも、なぜ薩摩川内市とくじら、なのでしょうか。そのつながりを証明するのがこの写真です。
くじらの回遊ルートである日本海~東シナ海沖に浮かぶ甑島。上甑の小島と下甑の手打には、くじらの解体場がありました。昭和20年前後の数年間は特にくじらがよく揚がっていた記録があります。写真は昭和22年4月に撮影されたもので、引揚場のナガスクジラと船員が写っています。(神山泰子氏提供)
議会報「かみこしき」(平成13年11月発行)にも、当時の様子を知る人の談話が伝えられています。薩摩川内市のくじら加工工場は、加世田出身の創業者が甑島に移り、さらには薩摩川内市に移住した際に、甑島での捕鯨解体作業の様子を知っていたことから、水産加工品の販売・加工事業を興しました。経営母体は変わりましたが、今に連なる加工場の原点はその商店にあります。
薩摩川内市とくじらのつながりを紐解いたところで、くじら料理に戻りましょう。「くじらの竜田揚げ」は、かつて薩摩川内市の給食メニューでも登場していました。片栗粉をつけて揚げたものです。以前は衣にカレー粉などを混ぜて、くさみを消す工夫などがされていましたが、現在のくじら肉は状態が良いので、くさみはありません!牛カツのような食感です。
そしてこちらが「元祖はりはり鍋」。水菜とお肉等が入った鍋を「はりはり鍋」と呼ぶようですが、本来は「くじら肉と水菜」のお鍋をはりはり鍋、というのだそうです。関西方面では特に定番のくじら料理とのことです。
カットしたくじら肉に片栗粉を薄くつけて火を入れます。今回使用したのは「ニタリクジラ」で、日本近海でよく揚がるくじらだということです。ちなみに、2019年7月に日本は商業捕鯨を再開しました。31年ぶりとなった再開までの間に、日本人ひとり当たりのくじら食肉消費量は減りましたが、高タンパク低脂肪なくじら肉はヘルシー食材として新たな需要も見込まれています。
くじら料理を提供している薩摩川内市の店舗のひとつ「酒庵朋」、ご主人の安藤朋光さん。自慢の黒さつま鶏スープがくじら肉をおいしく引きたてます。
MBC南日本放送の情報番組「かごしま4」にて、薩摩川内市伝統のくじら料理を紹介。地元の芋焼酎と相性良し!
時代の変遷とともに珍味となりつつあるくじら肉。味わいや色の濃さ、栄養豊富な点は「海のジビエ」ともいえる食材です。鹿肉や猪肉と同様、貴重な食糧資源であり、地域の豊かさを伝える食文化のひとつ、ではないでしょうか。現在、くじらカレーとくじらの大和煮等のセット商品を、薩摩川内市のふるさと納税品として購入することも可能です(→ふるさとチョイス、→ANAのふるさと納税 ※2019年12月)懐かしい味、そして新しい味のくじら料理。薩摩川内市の店舗やご自宅で味わってみるのはいかがでしょうか。
料理提供、取材協力:酒庵朋
取材協力、資料提供:「鹿児島くじら食文化を守る会」花田芳浩氏