せんだい宇宙館・今村聡さんの「観察人生」

薩摩川内を見渡す絶景スポットとしておなじみ、寺山いこいの広場。川の流れるまちを見下ろしたら、空も見上げてみませんか。訪れた人を星の世界に誘う「せんだい宇宙館」は、”日本一観察できる天文台”というだけあって、天体観測ファンから熱い支持を得ています。2020年より館長を務めるのは気象予報士の今村聡さん。近年では「川内川あらし」の広報マンとして、そして気象キャスターとして活躍されていた姿をご存知の方も多いでしょう。空と宇宙を見つめ続けてきた今村さんの観察人生、お聞きしました。

今村聡(いまむら・さとし)さん。シャツには「川内川あらし」

訪れたのは、梅雨明け宣言を待ちわびる時期でした。「梅雨入り宣言、というのは防災的な意味合いを持ちますけれど、梅雨明けはハッピーなことですから。防災関係者からすれば、ひとつリスクが減る。台風と前線に伴う大雨、ふたつのリスクのうちのひとつが軽減されることで、”ちょっと枕を高くして寝られる”ということなんですね」と柔らかい関西弁で説明してくれました。今村さんは兵庫県のご出身、大学は広島、就職を機に大阪、東京で社会人生活を送っていたそうです。

監視カメラの営業マンが…

そんな今村さんがなぜ、お天気の道に?「監視カメラを販売する会社に就職して、当時出始めのウェブカメラを販売していました。その営業先のひとつが日本気象協会だったんです。協会の人と話しているうちに、私が理学部地学科卒であることが分かると、地学科出てるのにもったいないやん~うちに来てや~と言われまして。そのころはまだ気象予報士が足りなかったんですかね。営業の仕事も楽しくてやめる気はなかったんですが、30歳を手前にして学んだ知識をもっと生かせるとしたら、このタイミングが最後かな」と、一念発起して転職を目指すことに。難関といわれる気象予報士試験。「地学科なのでベースはありましたが、毎日1時間くらいずつ勉強しました」。3回目の受験でみごと合格し、日本気象協会の九州支社に採用となりました。

まさかのお天気キャスターに

福岡市にある九州支社での研修を経て、鹿児島に配属されることになった今村さん。「お天気の原稿など準備するものだと思っていたら、上司に呼ばれてですね。今村くん、君は発音がいい。キャスターになれ!」と、ご本人にとっては予想だにしかった展開に。こうして2003年からNHK鹿児島放送局のお天気キャスターとして、鹿児島の空模様を伝えることになりました。視聴者として今村さんのキャスターぶりを見ていた者からすると、意外な事実ですね。

折り目正しき立ち姿

気象予報士の一日とは?「朝起きたらまず資料を見て、昨日との相違点をチェック。自分なりのお天気ストーリーを立てます。それから気象台の予報を見て、自分の予報と突き合わせます。さらに直前のデータ、資料など調べて、放送に臨みます」。気象予報士とひとくちに言っても、業務は多岐に渡るそう。「モニターを何面も使い予測値、実況値を見て、補正をかけてクライアントに気象情報を送る人もいます。株価を見るディーラーみたいな感じですよ」。私たちの暮らしや経済に強い影響をおよぼす気象。刻々と変化する自然を何とかとらえようと奮闘する、繊細かつダイナミックな仕事なんですね。

北薩の力になりたい

今村さんの脳裏に焼き付いて離れない映像があります。2006年(平成18年)7月に起きた北薩豪雨の雨雲レーダーの画像です。河川の氾濫による家屋の浸水、土砂災害により死者5名が出るなど、北薩の広い範囲に渡り甚大な被害が出ました。「後悔がありますね。自分はまだ出始めのころで、思うように呼びかけることができなかった」と振り返る今村さん。もっと何かできていたら…という思いを抱え、各地のライブカメラを見つめていた日々、ある現象が目に留まります。「映像を見て、そうじゃないかな?」と、ピンときたのが、現在「川内川あらし」と名付けられた現象でした。秋から冬、早春のころ、川内川の上流から下流に沿って、白い霧のかたまりが川の上を河口にゆっくりと移動していく様子を目にし、「これは肱川あらしと同じ現象では」とひらめきます。「私は職業柄もあり、肱川あらしを知っていましたが、薩摩川内のほとんどの人は知らなかった。(愛媛県大洲市)肱川では世界自然遺産登録を目指すなど、肱川あらしをとても価値のあるものとして、地域の皆さんが認識しているんです」

川内川あらしの広報マンとして

全国でも珍しく価値のある現象「川内川あらし」が、地域おこしにつながるのでは?と思った今村さん。「川内川流域の皆さんに何かお役に立てることがあれば、と願ってきたので、これはお伝えしてみよう」と、地元の方に触れて回ったところ「なるほど、これは素晴らしいと。これがどういう現象なのか、外向けに説明して欲しいと言われまして」。気づけばあちこちのイベントに出向いて「川内川あらし」広報マンの活動がスタート。気象予報士かつキャスターならではの語り口で「川内川あらし」の認知度はぐんぐん高まっていきます。「いえいえ。地元の方の頑張り、ご協力が大きいです。FMさつませんだいにもメッセージ『キリノポスト』で情報を集めてもらいました」と、謙遜する今村さん。公式ソングやダンス、グッズ販売など多くの方が尽力した結果、薩摩川内の冬の風物詩として多くの観光客、写真愛好家が訪れるまでに浸透してきました。

※川内川あらし公式サイトはこちら

屋根の上のサトシくん

現在、薩摩川内市の防災アドバイザーや川内川あらし協議会長など兼任しながら、せんだい宇宙館の館長として空を見つめる今村さん。「小さいころから空ばっかり見ていましたね。ひまがあれば屋根に登って家にあった双眼鏡をのぞいていました。空を見て星を見て。それから伊丹空港を発着する飛行機を見ていました」「そのうち近所のお姉さま方から、もうサトシくんやめてや~と苦情がきまして」と懐かしそうに笑います。「最初に強く興味を引かれたのは、あの雲の下はどのあたりだろう?」と、小学生の時から三角関数の計算をしていたという早熟ぶり。「父に教えてもらって。距離が分かり、移動速度が分かれば、何分後に雲がここに来るか分かる!」と興奮したそうです。お父様は電車の運転士。「当然、電車も好きです。JRと阪急電車のモノマネできますよ」。意外な一面が、またまた飛び出しました。

ずっと何かを観察してきた

「大学では石を。双眼鏡からハンマーに持ち替えて、鉱物を掘ったり。地層を見たり。手相は読めないけど地層は読めます。人の考えは読めないけど、地球は読めるかもしれませんねえ」と、とぼける今村さん。「川内を車で走っていると、独特の露頭、断面、切り通しなど、車を停めて観察したくなる所がたくさんあります」。子どもたちにも是非、自然に分け入って遊んでもらいたいそう。「自然に触れることによって、ここまで来たら危ない、こうしたら危険だということを自分で学びますよね。自然が起こす危機に対するセンサーを身に付ける。ヴァーチャルではない、自然の中に身を投じてこそ育つセンサーがあります。そこで感じる空気感、暑さ、匂い。これはヤバいぞというスイッチが入る、危機だと感じる力。これを身に付けて欲しい」。今村さん自身、2006年の北薩豪雨は体感として記憶しているといいます。「雨雲レーダーの映像と同じくらい、あの時の空気感、湿り具合、暑さ。覚えていますね」。外に出て「ちょっとこれ危ないかな」というセンサーを働かせることが大事なのだと力説されました。

明日の空を見つめて

取材後、折しも北薩地方を強い雨風が襲いました。7月10日未明から降り続いた雨により、市内を流れる川内川支流の春田川は溢水、中心市街地に床上・床下浸水が発生しました。実は、7月8日(木)夕方、FMさつませんだい宛にメールを送っていた今村さん。「空気中に大量の水蒸気がある状態」が続いていることを危惧していました。取材の際にも「もともと川内には雨の素となる水蒸気が多い。それは川内川があるから」との言葉もありました。かつては暴れ川と呼ばれた川内川。川の恵みとともに、その厳しさを改めて感じます。「インフラの整備が進み、中小河川の決壊など抑えてはいるものの、そのキャパシティを超えるような雨が降っている」現実。身近な防災、安全のために。自分のこととして考えて欲しいと今村さんは訴えます。「昔に比べて雨の降り方が違うというのは皆さん感じているはず。自分は大丈夫だろうという考えは捨てて、早めの避難を心掛けてください。無事だったら、何もなくて良かったね、で済むのですから」

さて、気になる今年後半のお天気は?「夏は例年より暑くなるといわれています。といっても毎年暑いですよね。もうずっと地球温暖化で底上げされている状態です。冷房機器をきちんと使って熱中症対策をしてください。秋も夏の暑さが続き、冬の訪れは遅くなりそうです」

地元の友達と会うと「小学校の時とやってること、言動、なんにも変わってないなと笑われます」と、今村さん。これからも薩摩川内の空を見つめて、大切な知らせや素敵な星を届けてくれることでしょう。せんだい宇宙館、ぜひ訪れてみてください。心おだやかに空を見上げることが、明日を知るきっかけになるかもしれません。

せんだい宇宙館

薩摩川内市永利町2133番地6
JR川内駅から車で約20分
0996-31-4477
10:00~21:00 (入館は20:30まで)
月曜定休 (祝日の場合は翌日)

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