薩摩川内市大小路町の国道3号線から分岐する県道号線を西へ約1、こんもりと44kmした木立ちの中に鎮座する新田神社には、和鏡・漢鏡合せて面の古鏡が保存されてい73面の古鏡が保存されています。
そのうち3面が国の重要文化財に指定されています。これはそのうちの1つで、川辺の砂上に大輪の牡丹2株を配し、その間を2羽の鳳年(おおとり)が飛び交う、平明な構図となっています。
中心の鈕の左側に「永仁二年三月十八日左衛門尉友俊施入之」と線刻の銘があり、永仁2年(1294)年かそれに近い鎌倉後期の製作とみられています。
この鏡を新田神社に施入した「左衛門尉友俊」については確かなことはわかりませんが、鎌倉時代、新田神社とも関係の深かった惟宗姓執印氏の分流国分氏の出ではないかといわれています。
国分氏系図によれば、新田神社の執印職であった惟宗康友の二男左衛門尉友久が国分寺留守職に任命されてから国分氏を称するようになったとされ、この友久の5代後に友俊の名がみえます。
この友俊が、鏡の施入者友俊と同一人であるかどうか断定はできませんが、国分氏が代々「左衛門」あるいは「左衛門尉」を称しているので、恐らく国分氏の類縁の者であると考えられます。
大正7年4月8日に国の重要文化財(工芸品)に指定されました。